ニュートラルになりたいな

三人子育て中。今後の人生を模索中。

ITパスポート勉強体験記

唐突ですが、合格して嬉しかったので、ITパスポート勉強体験記を書いてみます。オンラインとオフラインのハイブリッドで学べました。ノートは不要でした。

 

ITパスポート資格試験を受けようと思った理由

大きく3つあります。

①学校現場で感じるデジタル化の課題

②IT人材が不足しているという報道

③合格しやすいとの情報

 

①学校現場で感じるデジタル化の課題

 

私自身が元教員で、現役時代も日々のタスク増加を感じ、子育てとの両立が難しいと思って退職した経験があります。現在、我が家には公立小の子がおります。

コロナ禍でGIGA構想の元タブレット端末が配備されたにも関わらず進まない各種デジタル化。特に家庭に配布される書面がデジタル配信になるといいな、他にもウェブフォームなどデジタル化されると先生たちの手作業が減っていいなという思いでPTA活動のお手伝いをするようになりました。

 

しかし、私自身がIT関係の職業だった経験もなく資格もありません。そこで、資格取得がデジタル化提案の支えになると思いました。

 

②IT人材が不足しているという報道

 

経産省の『IT人材需給に関する調査(概要)- 経済産業省

https://www.meti.go.jp/policy/it_policy/jinzai/gaiyou.pdf

こちら平成31年のものですが、2018年から2030年までのIT人材全体数の需要や供給を試算しているものです。2030年には需給ギャップが59万人なんて言われています。

自分は長いこと育児に専念してきており、今のようにIT需要が高まっている社会のなかではまだ働いたことがありません。どんな職業に就くにせよ、今後就職するにあたり、IT基礎知識は必須になってくるのでは…とこのデータを読んで思いました。

デジタル庁の教育データ利活用ロードマップが話題になった時も、『教育分野×IT人材ってますます需要があるだろうなあ…』なんてぼんやり考えました。

 

③合格しやすいとの情報

 

取得しやすいIT資格はないかなってグーグルで検索したところこのページに。

ITパスポート試験の難易度と合格率 | 受験に必要な知識・勉強時間まで解説|コラム|ITパスポート|資格取得なら生涯学習のユーキャン

 

ITパスポートは50%ほどの合格率で、IT国家資格としては一番取りやすいという情報を得ました。学生と社会人と分けた合格率になると、社会人は6割に上昇。先月、最年少記録が更新。小学1年生の合格が試験の団体であるIPAから発表されています。(すごい!)

プレス発表 ITパスポート試験に7歳の小学1年生(受験時)が合格:IPA 独立行政法人 情報処理推進機構

 

申込み

年末年始のハイな気持ちに乗っかり、ポチりました。自分が空いている日が3ヶ月後だったのでそのあたりに申し込みました。

以下のHPからいつでも申し込めてありがたいです。毎日どこかで、CBT方式で受験(コンピュータで受けられる試験)できるのもいいなあ。

【ITパスポート試験】情報処理推進機構

(受検申込みのためのログイン画面はWindowsIE推奨です。Chromebookはうまくログインできないことが多かった…スマホではログインを試していません)

 

試験勉強

使用した教材はこちら。

①参考書

www.amazon.co.jp

解説が大変優しくわかりやすかったです。1回読み込みました。理解できなかった言葉はその都度検索しながら読みました。

またこの本にあるQRコードから、スマホでスキマ時間に学べる4択問題があり、大変助かりました。やりこみました。3ヶ月ほどで全問正解出来るようになりました。

 

②ITパスポート過去問道場(Web問題集)

www.itpassportsiken.com

無料で全ての過去問を解くことができるのがとてもありがたいですね。年度別でも分野別でも問題を解けます。

会員登録してログイン、設定すると、試験日までのカウントダウンなんかもしてくれます。また、各分野の正答率も出してくれるため、弱いところを重点的に復習することができます。

上位の試験対策ページもあり、現在は情報セキュリティマネジメント資格試験勉強でお世話になっています!

 

③ITすきま教室(動画)

it-sukima.com

分からない言葉を検索しているうちに見つけたYoutube動画。こちらの動画、超おすすめです。図や説明が分かりやすく短い時間でサクっと理解ができてオススメ。試験直前に確認するにも超OSUSUME!!です!!!!

 

④『「分かりそう」で「分からない」でも「分かった」気になれるIT用語辞典』

https://wa3.i-3-i.info/

 

こちらも分からない言葉を検索して見つけました。Web上のIT用語辞典です。手描きのトリさんが大変ユルく解説してくれます。IT用語って結構難しくて、検索しても他の用語が分からなくて大変!となりがちでしたが、トリさんに助けて頂きました。勉強に疲れたら、このページに入って癒やされていました。

 

⑤どうしても覚えられない単語は紙に書いてトイレの壁に貼る

CRM」「DFD」「J-SCIP」…IT用語ってこんなふうに、アルファベットの大文字だけ並ぶ単語が多いんですよね…毎日見て読んで脳に叩き込みました。

 

勉強して…

合格してよかった、という体験は今の所ありません(笑)、しかし学べてよかった、と思ったのが率直な感想です。

ITの勉強だけでなく社会人としての基礎知識や様々な組織の在り方を学べました。

言葉が分かると新たな感覚をもち世界を広げられる…と実感。

たとえばBYODの感覚を知り、それを受け入れられるか。

もう、パソコンにチェーンを付けてセキュリティマネジメント!という時代じゃないのかー。と驚きました。

また、学ぶにつれセキュリティ知識について関心が高まり、IPAのホームページをちょこちょこ観るようになりました。セキュリティ啓発動画、大変面白いです。

 

子育てする親として、子どもには「怖いから使わせない!」じゃなくて、「なにか問題が起こったら共に解決しよう!」でありたいなあと思います。

 

ならば、共に同じ方向を向くための知識が必要で、それを備えることが少しは出来たかな…という思いです。

 

PTA活動でも資格取得は励みになり、自信をもって提案できるようになった気がします。提案したことを少しずつ試してくれる方が増え、念願のデジタル化が実現中です。

 

それと。冒頭にもちょっとだけ書きましたが、ノートを全く作らず合格した資格試験でした。ノートを作らなかった資格試験勉強。人生初でした。この体験も大きかった。

子どもへの勉強のアドバイスにもいい影響があるといいな、と思っています。

 

 

感情について

私が小学生だった頃、サッカーが好きでした。

蹴った通りに飛ぶのが嬉しかったし、

幼稚園にいたころサッカーの時間があり、そこで褒められた経験があったから。

そして、ボールをコントロールできる、という自信があったんです。

 

小学校の体育の時間に、試合がありました。

ボールの競り合いになりました。

相手は結構キツイ言い方をする男の子。

「どけよ!じゃまだ!」

その言い方が悲しくて、私は走るのをやめてしまいました。

 

結局ボールを取られた形になり、チームにも貢献出来ず。

今でもふと思い出すエピソードです。

 

その男の子には強い思いがありました。

絶対に、俺が、点を取ってやる、という。

私にはそれがなかった。

 

そんなに強い気持ちがないから、譲ろうと思ったのかも。

強い感情に揺さぶられることが、嫌だったのかもしれない。

 

 

では、強い気持ちがあれば、チームにとってよいことであれば

「じゃまだ!」と言えるのか。

何でも譲る必要があるのか。

小学生からかなり時間が経ってしまいましたが、考えるようになりました。

 

どんなに、チームにとってよいことだと思っていても、

それが誰かの心の重荷として残るなら、それはよくないかな。

 

強い気持ちがあるなら、多少の悪いことは仕方ない?

いや、どんな事柄も向き合って反応を判断することができるはず。

 

時間がかかってもよくて、それはつまり試合の後でもよい

振り返って、あの時自分はこうすればよかった、という事を自分なりに落とし込む。

 

自分なりの理解は自分の色眼鏡をどうしても通してしまうけれど。

 

それを意識したうえで、自分が理解した内容を少しずつ周囲に話す。

 

そうすることができるなら、いいのかもしれない。

 

その試合が一生で一度だけしか参加できない大きなものであるなら、また話は変わるかもしれないですね。コロナ禍においては、感情的な判断は少なくないと思うのです。

 

感情をもつ人間の行為から完全に感情を外すことは不可能だと、

以前『人間の建設』という本を読んで思ったのでした。

https://www.amazon.co.jp/%E4%BA%BA%E9%96%93%E3%81%AE%E5%BB%BA%E8%A8%AD-%E5%B2%A1%E6%BD%94-ebook/dp/B00CL6MTHS

 

サッカーというか、ボールを蹴るのは今でも好きです。

好きな気持ちを大事にし続けられたのは有り難いことです。

ジェンダーに関心をもったきっかけ

ジェンダー問題を意識するようになったのは、私の失敗からでした。

(これからの話は、実際にあった出来事が伝わる範囲で、内容を変えています。)

 

数年前。キティちゃんが大好きな子の話をしている人がいて、私もそこに入っていました。キティちゃんは私も大好きなので、推しの可愛さをたくさん共有したいと思って話しました。

そのあとで、その「キティちゃんが大好きな子」が男の子であることを聞いて。

私は、「えっ、男の子!?」と大きな声で驚いて言ってしまいました。

その子は遠くにいたけれど、聞こえていたのではないかと思います。こちらをふり返りましたから。

 

そこから、動悸がしばらく続きました。

自分自身が、ジェンダーの捉えについて軽く考えている時期でした。

「誰でもさん付けなんて、必要だと思っても実際はなんだかおかしい」

「女の子も男の子も育てて分かったけれど、子供自身が遊ぶものは自然とジェンダー差がある」

「でも、大学時代にLGBTの講演を聞いて、無理解が辛かったという話も聞いた」

今まで見聞きしたこと、学んだことが逡巡。そのうえで、失敗だと痛感しました。

 

…軽く考えていたからこその、自分の失敗でした。

この後、大学のスクーリングを受けるきっかけがあり、そこで受けた生徒指導という授業の中でジェンダーについて学習しました。

 

興味深かったのが、その授業の中で先生が取ったアンケート。

【日常生活のなかで、ジェンダーバイアス(男性優位)を意識することはありますか】

という質問がありました。

対象は、学生から社会人まで様々な年齢層がいたからこそのバリエーション豊かな回答。

若い人ほど経験が少ない。全く感じたことがないという人も。しかし年齢が上がって、就職したり、結婚出産を経て、大変苦しむ人がいて、その方々の話を聞く同年齢の方々の頷き方がまるでヘドバン。

 

なんだかんだ言って結局ジェンダー差は根強くある。

そんな中で。私は。あの子に。

 もっと苦しむ種のひとつを作ってしまったかもしれない。

その後、直接話す機会はなかった。何のフォローもできなかった。

なんてひどいことをしたんだろう。

 

出来るのは、自分が学んで

まずは自分から、周囲から少しづつ伝えて実践を増やすことだと思ってから、

関心をもつようになりました。

 

思ってるだけじゃアカンのは分かっているけど、具体的にどう行動したらいいのかわからない。

いきなり初対面の人に、「ジェンダーバイアス話し合おうぜ」って言えない。

でも、似たような思いの人はいて

その方からの、体験談や思いを教えてもらうことがあって、

まずは、自分の行動から変えなくてはならないな、と感じています。

けれど、けれど

「男だから」「女だから」という理由で決まっているシステムを、

どう変えていこう。

 

行動を変えるのは、ほんとうに、難しいですが、まずは自分の思いを話すことだと感じます。そして相手の物語を聞くこと。

よく切れる刺身包丁のように、ざくざく切り分けられる問題ではない場合も。

あまり切れないパン包丁くらいで、少し切って出てくるすこしずつこぼれるものもお皿に拾って話をすすめるくらいでも、前進ではあるのかな、と思います。

フードロスと給食、雑感

フードロスが問題になり、近所のスーパーの売り方が変わりました。

消費期限当日の商品でも売っています。

廃棄が減ることはよいと思います。支持しています。

自分自身が健康で、毎日買い出しに行けているうちは可能かと思い、

消費期限が当日のものも買うようになりました。

学生時代働いていたコンビニで大量の販売期限切れ商品を、残念そうに捨てるオーナーの顔が思い出されます。

 

はじめにお伝えしておきます。私は給食の内容は凄く好きです。

物語メニュー、海外メニュー、記念日メニュー、給食を通して楽しく学べる仕組みになっています。とても美味しい!

偏食だった我が子も、給食なら何故か頑張れる。食べられるそうです。

 

学校給食でもフードロスの観点もあり、完食がよしとされています。

 

その子が、休日の朝、ぽつりと言いました。

「普段、食べすぎるほど食べているから、今日はご飯を減らす。」

よく聞いたら、給食を、いつもではないけれど、食べすぎてお腹が張って苦しい中遊びに行くこともあるということでした。

 

それを聞いて、そのときは「あー、よくあるよねぇ」なんて返事をしましたが、その後少し怖くなりました。

適量を食べるということは、一生かけて学ぶ、実はとても大事なこと。

未成年、若者、妊婦、肉体労働者は生活活動強度から沢山食べる必要があります。

ですが、食べ過ぎからくる怖い病気があることもまた事実。

私自身、我が子が食べないことを心配していたのに、食べ過ぎはそこまで心配していなかった。

生活習慣を作る大事な時期に、食べすぎが当たり前になっているのはよくないな…

 

給食の量は年令によって増えるし、緻密な栄養計算のうえで作られた献立をもとに作られていて、毎日食べ過ぎ、ということはないみたいです。

ただ、明らかに多すぎる!っていう時はあると思うんです。そんな時は、無理して食べなくていいよ!って娘に伝えました。

 

 

以前働いていた職場では、「給食費を一律同額で徴収しているんだから、全員にまず同量を配膳しなければならない」って言われてそのようにしていました。

でもフードロス、子供それぞれの特性、発達度合いから考えても未だに疑問が残ります。確かに金額的には必要でしょうけれど…

 

フードロス☓学校給食、は、様々なジレンマを学べるかもしれない…とも思いはじめてます。でもでもでも。大前提として。

 

学校での食事の時間。20分くらいしかありません。よく噛んで、でも20分!改めてすごいです、先生たちと子供たち。毎日感謝です。

給食の時間、もっと長めに取れないものかな…

 

また、今はコロナ禍で給食の時間が毎日緊張の連続だろうと思います。

先生たち、コロナ禍が終わったら全員ハワイ旅行でもプレゼントされたらいいのに。

 

我が家ではコロナ禍や家族の病気もあって、よく家で食事を作るようになりました。でも、味覚が全員に合う食事ってなかなか難しいですね。様々な食事体験をさせてあげたい、でも廃棄はしたくないジレンマがあります。いつもの食事だって、いつも同じ味付け、水分量で出せていないため、美味しく作れない時もあります。

 

残り物を食べることが多くなり、私が増量しました。これが我が家のフードロス対策…

いや、諦めん。献立を見直そう… 

あれ、子供の偏食が問題?私の作り方が問題かもしれない???

のらねこぐんだんと海の果ての怪物

 

ノラネコぐんだんと海の果ての怪物 (コドモエのほん)
 

のらねこぐんだんの文庫本を我が子向けに購入しました。

落ち着く絵柄と笑えるストーリーで、

我が家全員がのらねこぐんだんのファンです。

 

私が子供の頃、かなりぶ厚めの本が流行しました。

ソフィーの世界

ハリー・ポッターシリーズ』などなど…

読んだ人たちからの感想を話し合う様子を見ていて、いいなぁと思いつつ

長い本は自分には読めない、という体験を多く積んでしまっていた自分は

はじめから諦めてしまっていました。

 

ただ、読めた本は少しですがありました。

ドラゴンクエスト』シリーズの小説です。当時大好きなゲームでした。

ストーリーや登場人物が頭に入っていたし、読める喜びを感じて夢中で読みました。

 

のらねこぐんだんは、絵本で多くのエピソードを家族で共有しているし

何より、子供たちにとってお気に入りの絵本。

きっと子供たち、読めるのではないかな…

 

またこの作者の工藤ノリコさんからも、本の冒頭に、

初めて長編小説を読む人向けの励ましのメッセージがあります。

これを読んで、「読む人の力を信じよう」と思えました。

 

心配は杞憂で、購入したその日のうちに読み切ってしまいました。

内容を全部理解せずとも、その子なりに楽しかったという経験が残れば、

何よりです。

 

読む人がどれだけ理解しているかな、という教育的な介入は

いつでもどこでもしなければならないわけではなくて

するときとしないときと分けなくてはならないな、と

子育てをしながら感じます。

 

お話の内容は、相変わらずの面白さでしたが、普段の連載が、劇場映画版になったような特別感がありました。

 

 ちなみに親である自分は、まだソフィーの世界ハリー・ポッターを読み切ったことがありません!

子供が先に読んでしまいそう。

赤い車

息子が自転車の子供用座席に座った後。

自転車につけている、レインカバーを開けたまま走って!とぐずった。

風が強い日だったし、開けたままでは走れない。

ちょうど目の前にボンネットが空いた車があったので、一緒に見ようと声をかけた。息子は頷いた。

一緒にじっくり観た。エンジンあるねぇ、パイプが沢山だねぇ、バッテリーかな。私は知識がないなか、見たままを息子と話し合った。

そして、車はボンネットを閉めて走るね、カバーも閉めて走ろうと言ったら頷いてくれた。

無事に帰れた。

 

たまたま、ボンネットが空いた車が近くにあったから、すんなり帰れた。

とても、その場しのぎ。

でも、とりあえず一段落。

 

 

登園のお支度、苦手メニュー、親とのすごろく。子供の思いにそぐわないけれど、言うことを聞いてもらうしかないな、という時に

子供の気持ちが落ち着くまでのひと手間が不意に必要になる。

なるべく事前の声掛けや持ち物用意で対応してあげたいけれど、難しい時ばかりだ。

そういう時に、たまたまあったボンネットの空いた車のような存在に助けられる。

 

そして、そこから思い出す。

子育てが、様々な方にどれだけ救われてきたかが、ふわっと湧くときがある

 

親がいない公園でケガした娘に対応してくれた方

電車で子供達が泣いた時に飴をくれた方

習い事の面談なのに子育て悩み相談をしてしまった先生

いつも声をかけてくれるおじさん、おばさん

娘が美味しそうだと果物を眺めてたらオマケでくれた八百屋さん

子供の搬送先が見つからなくてぷるぷる震えながら電話をかけて探している時に、隣にいてくれた方

最近話せた友人の皆様。(聞いた話は、いつか纏めたい話ばかりでした、凄かった)

書ききれない多くの方々。

 

あぁ、そういう人になりたいなぁ。と思う。

頼って嬉しかったって経験が多かったら、頼られる人に憧れが湧く。

その人たちは自分の中で赤い車みたいになって、ちょっとしんどい時に心を明るくしてくれる。

SNSでもそうで、凄い熱量をもって発信を続けている方がいる。

その方の膨大な記事を少しずつ読んで、追いながら

ああ、まだ自分は誰かを頼る存在でしかない、と思う。

u&i ユニバーサルでパーソナル

https://www2.nhk.or.jp/school/movie/bangumi.cgi?das_id=D0005190170_00000

 

「せっかく話し合いをしようと話しかけてるのにどうして聞いてくれないんだろう」

「なんで途中でクラスから飛び出しちゃうんだろう」

話を聞かない、クラスから出てしまうという行動はだめ。みんなで話し合わなくちゃならない。

…こう文章にあらわすと、何だかこわい。

 

けれど、話し合いはどの世界でも行われている。話し合いが機能しているシステムはとてもやさしい。

…それなのに、何で。

 

話し合いは大事だということを、その子は分かっている?

分かったうえで、出来ない理由がある?

それは関わる人?環境?それとも自身の感じ方、体調、気分によるもの??

その行為に至るまでのストーリーがある、という事を思うから。

 

それは特別支援の考え方による。

 

NHKでは、特別支援教育への理解を深める目的で、u&iという動画を制作しており、その一作目のシチュエーションだ。

休校中、NHKForSchoolで、娘たちと見た。彼女たちは、

それぞれの行動には理由があるっていうことに自分たちの経験から理解し、

他人は思いや感じ方、考え方が異なる

ということが分かって、何か安心したようだった。

 

勿論分かったからってすぐ何か行動が大きく変わるわけではない。

 

とにかく

 

話し合いをしてくれる人は大事にしたい。けれど、話し合いに入りたいと思っている人の思いを大事にし続けたい。

行動がすぐ変わらなくとも、ふと誰かの行動から考えるトリガーが出来れば、受け入れられたという体験があれば、いつか変容につながるかも。

特別支援を意識し続けること。そこにお互いに引け目を感じることなく。

 

これ、結構、困難だ。お互いに。

でも、私自身が特別支援の考え方を得てからいつでも気にしていること。

 

意識はみんな必要だと思っている。でも細かな部分まで意識合わせをするのはとても困難だ。

どこも人手が足りないなか、余裕がないなか、どこまで丁寧な話し合いを重ねられるだろう。完全にやろうとすると億千万光年かかる。無理ッス!

だからこそ、方法はないか、多くの方が発信している。いいなぁ、凄くいいなぁと思って眺めている。 

 

それに

 

今は、かなりの数の先生たちが特別支援という考え方を大学から学び、また現場でも研修や実践を経て学び続けている。

 

勿論学んだら次の日には行動が実践が変わるわけではない。じわじわと進む。

 

思想の浸透、実行に凄く時間がかかるものだってことは、どんな分野でもよくあることだ、諦めない。

 

特別支援は、個人を信じるためのツールなのかなぁと思いはじめている。